悠言録

 「あの時、降り始めた雨がなかなか止まらなかった。明治の大水害の時もこのようなものだったんではないか」―。ちょうど5年前の紀伊半島大水害で大きな被害を受けた十津川村の更谷慈禧村長が振り返った言葉を今も忘れられない▼明治22年8月の大水害では1日1000世鯆兇控録的な豪雨で、集落が相次いで水没、168人が尊い命を失った。このため、640世帯、2667人が当時、未開拓地だった北海道に移住したのだ▼規模は違えども122年の歳月を超え、今また十津川村を襲った大水害。丸5年がたち村内の復旧は進んだが、家族や家屋を失った心の傷はなかなか癒えないのではないだろうか▼しかし、この5年前の大水害では、いち早く義援金5000万円を贈るなど支援に乗り出したのが、明治の大水害で北海道に移住した人たちで犒設瓩靴真圭縦点酊だったのである▼近年、人口は減少しているが、母村・十津川村の倍近くで、すでに「2世」「3世」が活躍している。その一方で、今も小中学生を含む町民が、毎年母村を訪れ、交流を深めている。また、毎年6月20日の新十津川町の開町記念式典には更谷村長らが参加し「家族がつながるような両町村の関係」(更谷村長)を続けている▼人は自然に育まれながらも時折見せる、想像を絶する脅威と闘いながら、たくましく生きていく以外にないのではないか。(純)

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